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岡本太郎の著書を読んでいると、「芸術は爆発だ!」のイメージとはだいぶ違う印象を持ちます。
繊細だし、本来の意味の常識を持ち合わせている人だし、何より、愛すべき人です。


一見過激に思えるような行為は、すべて自分に対する挑戦から発するものではないかと思えるのです。


知恵泉に登場した太郎の「知恵」をご紹介します。


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知恵その一:いったん全てを捨ててみよ

岡本太郎は1930年代に絵描きを志してパリに行き、当時すでに名の知られる存在であったピカソやマティスに触れます。


太郎はパリの空気を吸い、パリに溶け込もうとしますが、当時日本から来ていた画家たちは、自分たちの世界にこもり、ただパリに滞在して絵を描いたという、名ばかりの肩書を求める人達が多かったのですね。


太郎は、そういう日本の画家たちを見て、怒りのあまり筆を捨てたのです。そう、絵描きになることを断念したのです。


そして、フランス語の学校に通ったり、大学の聴講生として哲学を学んだりして、美術とは距離を置いた生活をしていました。


地元カフェの常連になっても、将来に対する焦りと不安がなくなるわけではありません。


「自分はいったい何をすればいいのか?」
「生きていることに意味があるのか?」
「何をするためにこの世に生まれてきたのか?」



太郎はその頃の気持ちを、「疑惑と焦慮に錯乱し、夢遊病者のような彷徨が続いた。当時のことを今思い出してもゾッとする」と言っています。


光を見いだせないままさすらった太郎。
でも、そんな時たまたま入った映画館の暗闇の中で、突然心の奥底から浮かんできた考えがありました。


それは、


「自分を認めさせようとか、世の中で自分はどんな役割を果たせるのだろうか、とか、そんなことを思い悩むのは無意味だ。

生きるとは本来、無目的で非合理なものだ。だから、瞬間瞬間、無目的に無償で、生命力と情熱のありったけを使い、全存在で爆発すればいいんだ」


太郎が気づいたのは、芸術家として認められたいという野心に自分が縛られていたことでした。


重要なのは、目的や利益ではない。自分の情熱をただ純粋に爆発させる。それこそが、本当の芸術なのだ、と発見したのです。


この後、太郎に一切の迷いはなくなりました。


再び絵筆を持つようになった太郎。
書き上げたものは、これまでとは全く違う、太郎にしか描けないものを表現するようになります。


「痛ましき腕」
この作品は、パリの芸術界に衝撃を与え、芸術家としての第一歩を踏み出すことになります。


後年、いろいろな分野でマスコミに取り上げられるようになった太郎に、「本職は何ですか?」と記者が聞いたところ、「本職?そんなものはありませんよ。もしどうしても本職というのなら、『人間』ですね」と答えています。


一度すべてを捨てたとき湧き上がってくる思いとは、本当の情熱。
太郎は表現者として、大きく飛躍していくことになったのです。


「人間は、生まれながらにして、それぞれが絶対的な存在、どんなバカでもどんな非力でも、それが俺なんだ、と自信を持って堂々と打ち出す」
岡本太郎記念館の館長である平野暁臣氏が語ってくれました。


「自分が何かを決断したり、行動したりするときに、自分の外にあるものにすがるな。自分の中だけを信じていけ。」

そういうことなんでしょうね。


知恵その二:あえて危険な道を選び、闘志を引き出せ

1940年、ナチスがパリに侵攻してきたころ、太郎は帰国することになります。それから、日本も参戦し、太郎は31歳で召集されます。


入隊した陸軍で、毎日のように理不尽なことで殴られる日々が続いたとき、太郎は、殴られる順番でダメージに違いのあることに気が付きます。それは、最初の頃より、丁度4番目くらいに殴られるのが一番ダメージが大きいということ。


それがわかれば、4番目を避けることもできたのに、太郎は自分から4番目を買って出るようなことをするのです。


なぜか?


「一番おもしろい人生とは、苦しい人生に挑み、闘い、そして素晴らしく耐えること。逆境にあればあるほど、おもしろい人生なんだ」


太郎が見出したのは、あえてつらい道に挑むことで、なにくそっという闘志を引き出すこと。怒りのパワーで自らを鼓舞するという過激な方法で、太郎は過酷な軍隊生活を生き抜いたのです。


終戦後に発表した作品は日本画壇には受け入れられず、バッシングに合うことに。
でも、批判されればされるほど、岡本太郎の絵は活力を増したのです。


1945年 「重工業」
1950年 「森の掟」



どれも色彩は強烈ですが、まっすぐで、少し哀しい。
絵の前に立ったら、しばらくは動けない魅力があります。



最後に

最後に、ゲストの美輪明宏さんが答えてくれました。
「逆境を乗り越える知恵とは?」


「間違ってもいなくても、ゆるぎのない自分の核を持つこと」


“核”を持つためには、
時には自分を追いつめて、問い詰めることも必要かもしれません。


男女も年齢も関係なく、“核”を持った人は、強いですね。




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