shunmyo
http://www.kenkohji.jp/s/japanese/career/career.html


神奈川県横浜市にある曹洞宗の建功寺住職は、美大出身の庭園デザイナーでもある枡野俊明さん。


禅の精神を暮らしに活かす法をとてもわかりやすく、現代に沿った方法で説明してくださる。
著書もたくさん出されています。


あこがれの禅の修行を、家庭の掃除にも生かすことができる。家庭に作務を取り入れるやり方を順々に教えていただきました。


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掃除の悩みを解決!

お寺に修行の中で、家庭で実践できて生かせるのは作務(お掃除)。
作務はすぐ取り入れられて、生活が変わるのが実感できます。


自分が実践して生活が変わると、そうしている自分の心が気持ちよくなる。穏やかになっていく。


小さい子供のいる32歳の主婦の方。
掃除が苦手で中途半端になるという悩みを抱えています。


お風呂掃除をしようと思って、お風呂から水が抜けるまでの間歯磨きをする。
ついでに何かをしないとやる気が起きません。


掃除機崖のとき寝室の布団は出しっぱなし。布団を移動しながら掃除機をかけます。
リビングもかなり散らかっているので、片付けたり移動させながら掃除機をかけます。


途中、本棚が気になって、本の整理を始めてしまう。
そうすると、棚の上やテレビの後ろのホコリが気になる。でも、これは大掃除のときにしようと思う。


やりだすと全部やりたくなるが、そうすると長くかかってしまうので、自分に言い訳をしながらパスしてしまう。


この主婦の方は、掃除をやりきれない後ろめたさみたいなものを抱えているようです。
多分、時間は工夫できる。気がついたらやりたい、と素直に思えるような何かを教えてほしんですね。


もっと楽な気持ちで効果的に掃除をしたいと思っているわけです。
掃除が苦手だから躊躇してしまう。そういう自分を変えたい、と。


ここで住職の枡野さんは、


掃除をしなければならない、させられている、という気持ちが心のどこかにある。
「ねばならない」という気持ちはつらいですよね。どうしても「受け身」になるので。


そうではなく、自分で「やると気持ちよくなる」と思えば、ずっと気持ちも楽に取り組むことができる、と言うのです。
自発的になると自分でコントロールしている気持ちになるのでしょう。ここに「やらされ感」はないです。


以前、お寺の知恵1で、

部屋の状態=心の状態
部屋を磨く=心を磨く

ということを学びました。


つまり、家庭で作務をすることで心を磨くことができるということですね。


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「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」とは?

枡野さんが、この主婦の方の掃除の進め方で気になることを上げました。
彼女は、2つのことを同時にやろうとしているのです。


一見、時間を無駄にしないように取り組んでいるのですが、実は1つを完全に終わらせてから次に移る方が良いのです。


「脚下照顧(きゃっかしょうこ)」という禅語があります。
自分の足元に目を向けなさい、ということです。
今なすべきことをその場でなす。


過去や未来ではなく、「今」に集中する。
掃除も、片付けや掃除機、それぞれに専念した方がきれいになるのです。


この主婦の方は、テレビの後ろのホコリに気が付いたのにやらずじまいにしたわけです。


確かに時間がなかったのでしょうけど、こういうことを繰り返すと気持ちがスッキリしないので、ますます掃除に対して後ろ向きになってしまう可能性が高いですね。

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「悉有仏性(しつうぶっしょう)」 とは?

枡野さんは、日によって掃除する場所や方法を決めてはどうかと提案します。決まりに従えば全てもれなくきれいにできると言います。そうすると、掃除している途中で頭を悩ませなくて済みますよね。


月曜日は台所回り、火曜日はトイレやお風呂中心に、などと決めておくと、例え10分という時間でも集中して掃除できます。


苦手な場所も10分だけなら集中して取り組めますよね。
これなら気楽に掃除できそうです。


机の上に、平積みで書類などを積み上げる習慣のある人。
ジャンル化してファイル化すれば書類がタテになって取り出しやすくなります。


「悉有仏性(しつうぶっしょう )」とは、禅語で、「仏になれる可能性は全てのものが備えている」という意味になります。
たとえ紙1枚でも仏様のように大切に扱い、それを生かすべき、ということです。

靴箱があるのに靴を玄関にたくさん並べてたり、ものがたくさん置いてある玄関。
玄関とは、もともと禅語の、「玄妙に入る関」から来ています。
玄妙(深遠なる仏門)へ入るための関門のこと。


玄関は人を迎える場でもあり、自分が帰ったときに迎えてもらう場でもあります。
だから一番心地よいようにすべきなのです。
いつだれが訪ねて来てもいいようにスッキリした空間にしたいですね。

「喜捨」と「知足」とは?

モノが捨てられない人。
家のどこかにあるけれど、どこかわからずまた同じものを買ってしまう人。


捨てられないもの:
最近は全く使っていない楽器、ほぼ新品の画材、バッグにしようともらってきた畳の縁、、


いつか着ると思って捨てられずにいる洋服。
自分は捨てるつもりで出したのに、パートナーのチェックで捨てられず、部屋を移動しただけのもの。


「喜捨」とは、惜しむことなく喜んで他人に譲ること。
お釈迦様は、信者からのお布施を必要とする人に惜しむことなく喜んで与えました。


・譲ることを喜びとする精神が尊ばれている
・違った使い方を考えて、別の命を注いであげる



つまり、使わないものは人に譲り、モノに別の命を注いであげることです。


それから、片付かない原因はもう1つ。
そもそも買いすぎていること。


これからモノを買うときは、本当に必要なものかどうか、自分自身に問うことが大事だということです。
もちろん絶対必要なものなら買えばいいのです。
でも、あったらいいなと思うようなものは、なくてもいいものです。

「知足」とは、足ることを知る。
自分は今十分満ち足りているんだ、ということを知ること。

もう十分という気持ちを持つことで、心が豊かで安らかになることを示しています。

まとめ

「お寺の知恵拝借」の第5回です。


このあたりから、実際に自分の生活の中で、作務を始め禅の心をどう生かすか、心と体両方から学ぶことになります。


「喜捨」と「知足」を知り、最後に来るのが「本来無一物(ほんらいむいちもつ)」
何も持たずに生まれてきた。それが人間本来の姿である。
尽きない欲望も、生まれてきたときにはなかったのです。


始めから持っているものは何もなくて、生活するうちにだんだん付いて来ちゃうだけ。
だから、手放しても元に戻っただけ、なんですね。




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