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日本では、死因の第一位は相変わらず「ガン」です。


ほかにも“死に至る病”はたくさんあるけれど、「ガン」と宣告されると今でも「死」を思い描く方は多いのではないでしょうか。


今回の団塊スタイルでは、東京はお茶の水にある「ガン哲学外来」を中心に、ゲストの美輪明宏さんやVTRで出演のカトリック教会の鈴木秀子さんの言葉をいくつかお伝えしようと思います。


内容は重いのですが、とてもさわやかな印象が残るのはどうしてでしょうか。


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“ガン哲学外来”とは?

東京のお茶の水で月に一度「ガン哲学外来」という集いが行われています。現在ガンの闘病生活をしている人たちが、自分たちの抱える死への不安などをありのまま話す場になっています。


ある男性は、「自分がガンを患う当事者になって、ガンの人が身近に感じられた。ガンになった人もちゃんと生きている普通の人なんだと理解できたのがうれしい。急に視野が広がったような感じがして、今まで見えていなかったものが見えてきた」と話します。


実際、自分が重篤な病気になって、毎日そのことで頭がいっぱいになったとしても、死を意識させるような言葉は家族や友人には話しにくいということなのです。


「ガン哲学外来」は2008年に始まっています。
今や全国に広がりを見せ、地域の公民館やお寺など、全国約100ヶ所で開催されています。


この「ガン哲学外来」を発案したのは、順天堂大学医学部の樋野興夫さん。


「雨は誰にでも降るよ。
これは人間に平等だから。
そういう時になったら、どういう心がけをするか?」


という言葉から思いが伝わります。


樋野さんは、もともと病理診断を下す専門家なので直接患者さんと接することはなかったとのこと。


そんな樋野さんが、こんな取り組みを始めるきっかけになったのは、2005年の「アスベスト健康被害」。アスベストの粉じんを吸引すると、「中皮腫ガン」の発生確率が高まることがわかり、大きな社会問題になったのです。


一度発症すると根治することは不可能とされ、死亡率の高い病だったのですが、当時多くのアスベスト患者を受け入れていたのが順天堂大学だったのです。


そのとき、樋野さんも初めて患者と接し、治る見込みのない患者の不安や絶望に触れることになったのです。


最先端の治療をすることと、人間的な責任で手をさしのべるという、医者には2つの使命があると思ったとのこと。

「我々は純度の高い専門性を習う。でも、社会的包容力は習わない。」


樋野さんは、「寄り添うこと」、「対話」を、大事にされたんですね。


樋野さんが立ち上げた「ガン哲学外来」。
患者が抱える「この先どうなるのか?」という答えのない不安や恐怖。


それは医療がそれまで真正面から向き合おうとしてこなかった心の問題です。


樋野さんは、そんあ医療と患者の隙間を埋める「場」が「ガン哲学外来」だと言います。


樋野さんは、悩みの深い患者さんのために個人面談を行っています。一人30分ほどの時間をかけて「対話」をするのです。


特徴的なのは、最初はカウンセリングと同様に相手の話を黙って聞くだけなのですが、聞き終わると、たとえばこんな言葉を投げかけます。


「どうせ死ぬなら、自分のことばかり考えていないで、人の役に立つことをやったらどうですか。死はあなたの最後の大仕事ですよ」


病の不安や死の恐怖から距離を取り、違う角度から考えてみようと問いかけているのです。


「(病気は)解決できないけど、(不安は)解消できます。
悩みはあっても、ちょっと優先順位が変わるというんですかね。」


「本人が自ら変わらない限り変わりませんね。
そのためにその人が変われるようにするにはどうしたらいいか?」と。

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天寿ガンでいってみますか?

東京、本郷で開かれている「ガン哲学外来」に参加している50代の主婦。


去年からここで、みんなと話し合うことで死の恐怖や不安を受け止めようとしてきました。3年前に最初の食道がんが見つかり、手術を終えたその2か月後に、今度は咽頭がんが見つかりました。


「告知を受けた病院の帰り道で、これは大変なことになったぞ、と自宅に戻ったのは覚えています。」


抗がん剤の治療は予想以上の苦しみでした。
髪の毛は抜け、食事がとれない。
体力もなくなる。
それでも懸命に治療を続けた。
しかし、昨年1月、今度はリンパ節にガンが見つかりました。


「なんで?」
「なんで、あれだけ苦しい抗がん剤をしたのに、治ったんじゃないんですか?」


このとき初めて「死」を意識したと話していました。


治療しても治療してもガンは治らない。
この、どこにもぶつけられない怒りや絶望感を誰かに聞いてほしい!
誰かと分かち合いたい。
そんな思いを受け止めてくれるのが「ガン哲学外来」の仲間たちなのです。

樋野さんがある日、
「天寿ガンでいってみますか?」と彼女に言います。


この言葉をもらって、その女性のガンとの闘病生活は大きく変わりました。


“天寿ガン”とは、ガンを抱えたまま命を全うするということです。


「ガンで苦しんで死ぬんじゃなくて、天寿ガンっていう考え方もあるんだなって、(ガンと)共存するという考えがあるんだなって、印象深かったです」


女性は去年の7月、さらに肺に転移が見つかりました。
医師からは、これまでより強い抗がん剤治療を勧められましたが、断る決断をしました。闘病して苦しむ時間よりも、毎日のささやかな瞬間を楽しみたい、と。

最後に

番組の後半で、カトリック修道会の鈴木秀子さんのお話がありました。


鈴木さんは、37年前、階段から落ちた時に臨死体験をされています。
その経験を踏まえ、さらに多くの人の最期を見取ってきた中で感じたこと。


それは、
「“死”なんて特別なものではなく、人生の続きにあるもの。
最期の瞬間は病との戦いも終わり、肩書や役割などずべてのものから解放されていく。


死と生は対立するものではなく、魂が安らぎの中に入っていく過程なのです」

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