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川崎の生田緑地にある岡本太郎美術館には何度か行ったことがあります。
太郎氏の本もずいぶん読んでいるのに、実物の「太陽の塔」はまだ見たことがありません。
実物は相当大きいと聞かされていたにも関わらず、数字と他の建造物との比較で、今回初めてその大きさを認識しました。


“太陽の塔”に岡本太郎のどんな思いが込められていたのか、「美の巨人たち」を見ることで、あらためて振り返ってみたいと思いました。


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“太陽の塔”と“岡本太郎”の圧倒的な大きさ!

1970年の万博会場のパビリオンの一つとして“太陽の塔”は建てられました。
もう46年も前のことなんですね。


万博当時、何のために建っているかわからない、と専門家からは半ば無視されていたものの、これは最初から太郎の狙いだったのでは、と考えられます。
フランスでのインタビューに答えて、太郎は、「私は今まで存在しなかった全く新しい物をつくりたかったのです」と言っています。


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塔の高さは70m。
一番太い部分は直径20m。
腕の長さ、25m。



ニューヨークの自由の女神は高さ46m。
東大寺の大仏が15m。
これらから比較しても、ダントツに大きなオブジェ?ですね。


“太陽の塔”の工事が始まったのは、1968年11月。
携わった工事関係者は24000人にも及んだとのこと。


胴体部分は鉄骨鉄筋コンクリート造り。
最長部の「黄金の顔」には鉄板に金色の特殊フィルムが貼られたとのこと。


お腹部分の「太陽の顔」は、直径12m。
強化プラスチック製でできています。


黒い太陽」の顔の部分は信楽焼き。
ちなみに、稲妻の模様はイタリア製のモザイクタイルで、緑のコロナはガラスのモザイクでできているとのこと。


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“太陽の塔”はパビリオンの一つなので、万博当時は中を見学することができました。
塔の中は、高さ50mの鉄製の「生命の樹」があります。
これは、「太陽の塔」の血流(動脈)でもあり、リンパの流れでもあるとのこと。
壁にある赤いヒダは「知のヒダ」「脳のヒダ」とも言われ、知性と生物の血流が内蔵されていると考えられています。


万博会期中、観客はエスカレーターに乗って生命の樹に飾られていた生き物たちの模型を、命の進化をたどるように見ることができました。
そして、右腕のエスカレーターで次の展示室に移動します。
左腕は、非常階段になっていました。

“太陽の塔”が表現しているもの

“太陽の塔”には3つの顔があります。
一番上の金色に輝く顔は「黄金の顔」。
真っ先に目に入るお腹部分にある顔は「太陽の顔」。
そして、後ろには「黒い顔」があります。


岡本太郎はもともと民俗学の儀式や習俗に精通していました。
彼の持つエネルギーが、原始の時代の人のエネルギーと相通じるものがあったのでしょうか。


“太陽の塔”の3つの顔が、太郎氏が表現したかったことの象徴ではないかと思います。
2つの顔が合わさっている「太陽の顔」は、「矛盾」を表し、
黒い太陽」は、ニヒリズム。
そして、「黄金の顔」は「仮面」を表していると言います。


民族の儀式では「仮面」が重要な役割を果たしています。
仮面をかぶることによって、自分では自分が見えなくなり、自分に対する周囲の反応が変わる。
仮面をかぶることで、自分以上のものになることができる。


現代人(太陽の顔)が仮面(黄金の顔)をかぶることで、今の自分を突き破ることができる。
こういった「矛盾」「虚無」「仮面」をあわせ持つ、彫刻でも、建造物でもないもの。
それが「太陽の塔」ということなのでしょうか。

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“太陽の塔”はピカソの“ゲルニカ”への挑戦!?

「ピカソは美しい。しかしけっしてきれいではない」
と太郎は言っています。


ピカソの「ゲルニカ」こそ、太陽の塔のモチベーションになったと思われるところがあります。
「ゲルニカ」のモチーフは、アフリカの原始美術の造形。
太陽の塔のモチーフも縄文時代の土器や土偶。


二人が求めた原始的な美。
太郎が表現したかったのは、縄文人たちが持っていた、伸びやかで力に満ちあふれていた精神性だったのではないでしょうか。


だから、万博のテーマであった「人類の進歩と調和」に対して、太郎は「人類は進歩なんかしてない」と言ったのではないでしょうか。


万博会期中に塔の展示室に展示されていた、原始的な地球の姿を表現した「根源の世界」。
そのオブジェは両手を突き出して「NON」と拒絶しています。


「進歩こそがすべて」という価値観に「NON」。
つまり、“太陽の塔“とは、地球上のあらゆるものにNOをつきつける存在であるということなのでしょう。


またフランスでのインタビューで、
「西洋的でもない、日本的でもない、全くオリジナルなものを創造したのです。」とも語っていました。


万博が終わって、これから太陽の塔は何と向き合うのか、と聞かれた時、太郎は一言「宇宙だ」と答えます。


なぜ今も“太陽の塔”は存在し続けているのでしょう?
ほかのパビリオンはすべてなくなってしまったのに。。


それは、「異物として存在することこそ、芸術そのもののあり方」だから。

最期に

番組を見終わって、ピカソの「ゲルニカ」こそ「太陽の塔」のモチベーションとなっていたことを知り、衝撃でした。
35年前、ニューヨークの現代美術館で「ゲルニカ」に会ったことがあります。
当時はまだMOMAに展示されていたんですね。
それからしばらくして、ピカソの故郷スペインに帰って行きました。


「ゲルニカ」を見た時の衝撃を忘れたことはありません。
作品のことを知ってはいたのに、想像以上の大きさに圧倒されてしまいました。
まさに「壁画」でした!


そういう衝撃を与えることが、太陽の塔をつくることになった太郎の意図だったのでしょうか?


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現在大阪府は、太陽の塔の公開のために内部の改修計画を進めているとのこと。今度こそ、会いに行きます。


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逆境を乗り越えるには?何故いま岡本太郎なのか?


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