「暮らしの手帖」は1948年に創刊され、20年で100万部に迫る人気を誇った雑誌です。
隔月刊で発行され、広告はどのページにもありません。


一見地味な印象ですが、全体を眺めつつ読み進むうちに、「地味」が「滋味」に変わってくる。
そんな雑誌です。

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“暮らしの手帖”創刊まで

とと姉ちゃんこと、大橋鎭子さんは「やってみようと思うことは、やってみるんですよ。それでだめだったら、“ごめんなさい。私バカでした。すみません”で帰っちゃえばいいんです。その勇気があれば何でもできる。」と言っています。


戦時中、防空壕で考えたこと。

「私は戦争中の女学生ですし、なにも生活に関することを知らないで過ごしているから、じゃあ、私の知りたいことを印刷物にしたら、私の5歳上の方と5歳下の10年間(年齢の)の方たちにきっと喜んでもらえるんじゃないかしら、そう思ったんですよ。防空壕の中で」


鎭子さんの料理の記事に対する思いは、父親が肺結核だったという事実と重なります。


「病気にならないための本を作りたい」、というのが“暮らしの手帖”の始まりだというのです。

「病気を作らないために、食べるものをおいしく食べるのが大事なこと。
高いものを食べるのがいいわけじゃない。安いものでもどうやったらおいしく食べられるか。
その思いでスタートした」


それが、

「帝国ホテルの西洋風おそうざい」:1973年
・ハンガリー風ピラフ
・コーンスープ
・牛肉の包み焼き


「おそうざい十二か月」
・懐石料理で名高い大阪の料理人が手がけたおばんざい:1966年
・ホットケーキ:1950年 巴里コロンバン銀座支店 門倉國彦シェフ


という形でページを飾ります。

料理の記事に込めた思いとは?

同じころに存在したほかの雑誌の料理記事は、数行程度の文字だけだったのに対して、“暮らしの手帖”の料理記事は、すべてのプロセスが写真入りで説明されています。


当時はこれが、「革命的」だったとのこと。
料理の手順を写真入りで載せたのは“暮らしの手帖”が初めてだったのです。


まだ、テレビ放送のない時代ですよ。

当時のスタッフの方が話しています。

細かい手順を説明する記事に絶対欠かせない作業というものがある
それが「料理が苦手な人に原稿だけ見せて料理を作らせる」というもの。


そうして作った料理が、シェフの料理と違っていたらボツ。
完成までに何度も何度も原稿を書き直すことが多かった。


原稿用紙に簡単にレシピが書いてあり、その通りにやれと
似たようなものができるが全然おいしくないものができると、やり直し。
書いた人間が悪いということになる。



●グツグツ煮えているのか、ワーっと煮えているのか。あるいは動かないように静かに煮えているのか

そういう様子をよく見てメモに書いていらっしゃいと言われた。
誰が聞いてもわかるような原稿の書き方をさせられた。


鎭子さんが「徹子の部屋」に出演された時の言葉があります。

「雑誌を買ったときに、すぐ目の前で作れるというのが料理で、もしその記事が間違ってたら、読者の晩ごはんもお金も飛んでしまう。ですから、料理記事だけは、どの記事よりも正確に、正しく作ろうと。」

創刊から10年も人気だった“直線裁ちの服とは?

創刊から毎号のように登場し、10年間も続いた記事があります。


それは、直線裁ちの服
たとえば、ゆかたをリメイクしたもの。
ほどくところから始めても1時間ほどで仕上げられる手縫いの服です。

Making yukata(a casual kimono for summer)
Making yukata(a casual kimono for summer) / Nozomi_Lindenbaum

・浴衣の袖を外す
・襟も外す

:ここまでで15分
あとはデザインに合わせて直線縫いをするだけです。


ミシンがなくても、並み縫いだけでできるので、簡単!
この頃、並み縫いという作業は日常のことだったのです。


同じ浴衣でも、前後を逆にしたり、上半身をタイトにしたり、外した襟をベルトに使ったり、デザインを少し変えるだけで、表情が全く変わります。
今見ても斬新だし、無駄がない、新しい!



「直線と体の曲線がデリケートにひびき合って、あの美しく流れるような線が出てくる」



「無い中で生まれてくるもの。
ゼロから作るのが難しい時代だった」
ということです。


「“浴衣”という決まりの中から、100も200もデザインが生まれるのは、楽しい」


食べていくのに精いっぱいの時代だった。
「かなしい明け暮れを過ごしているときこそ、おしゃれ心に火をつけよう。
それこそ、私たちの明日の世界を作る力だと言いたいのです」:花森安治



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伝説に残る、桁外れな“商品テスト”とは?!

“暮らしの手帖”の商品テストというものがあります。


たとえば、

〇自働トースターをテストする

〇扇風機をテストする

〇安い掃除機をテストする

〇ベビーカーをテストする

など、ありますが、

中でも、トースターのテストでは、
1日2枚ずつ3年間食べ続けた場合を想定して、2000枚のトーストを焼きつづけ、トースターが耐えられるかを検証しています。33台分、焼いた食パン4万3千88枚!

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ベビーカーのテストでは、段差や坂のある実際の道をテストコースに、親子9組に協力してもらい、2日間にわたり同じ道を何度も往復し、9台のベビーカーの使い心地を比較しています。


道行く人に何度も「何やってるんですか?」と聞かれたり、お巡りさんにも訊ねられたりしたそうですよ。

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異色の一冊“戦争中の暮らしの記録”とは?

“暮らしの手帖”96号は“戦争中の暮らしの記録”です。
最初、この特集号は売れないと想定していたようなのですが、予想に反して最高の売れ行きとなりました。


これがなぜ異色なのかというと、ほとんどすべて「読者」が原稿を書いたものだからなのです。
おそらく、原稿用紙を文字で埋めるなどということと縁のない方を含め、139通もの読者の原稿から、この特集号はできています。


花森さんは、スタッフに、
「戦争は嫌だ!という叫びは言葉でいらない。
一日にご飯一膳なのか、一膳の半分なのか。米粒いくつなのか、という記述があるかどうか。
その原稿に暮らしの事実があるのかどうか」

そこを見極めてほしいと。


「暮らしを他のどのことよりもいちばん大切なものと考え、すこしでも暮らしを良くしてゆく。その気持ちが商品テストを始めさせました。
料理屋の料理より、毎日のおそうざいに力を入れさせてきました。
同じ気持ちが、96号を、戦争中の暮らしの記録で埋めさせたのです」

最後に

番組の最後の花森さんの言葉です。


「戦争に反対すべきだったのに反対しきれなくて、こんなざまになったという気持ちが心のどっかにあるわけですよ。何か守るに足るものが我々にあったら、これを壊されてたまるか!という気持ちになったんじゃないかと。

毎日われわれが生きておること、これが暮らしだと。
これをもっと立派にしなきゃならんと」


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出典:暮らしの手帖社


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